利かん気で悪いた戯ずらな私は厳格な父に度々げんこを食らい、母はこれを庇かばって痛い思いをしていた事を思い出す、怖い父だったが思い遣やりの深さは常に感じていた。
母は私に伯父の陸軍中将だった長なが鉾ほこと日本の近代土木工学の父と言われる長なが穂ほの話を良く聞かせてくれたが、お前も郷土の誇りと成れとの思いからで、この暗示に掛り子供心に自分も何時かは伯父の様な偉い工学博士に成りたいと思っていた。
私の4歳頃
家族 右前より母(松江)、父(長照)、右奥 弟(長仁)と私 1968年夏
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